読んだ本

教科書でおぼえた名詩 (文春文庫PLUS)

教科書でおぼえた名詩 (文春文庫PLUS)

感想・興味をひいた所

詩の本なので速読はしませんでした。速読には不向きな本ですからね。
気に入った詩をいくつか引用します。

一個の人間   武者小路実篤

自分は一個の人間でありたい。
誰にも利用されない
誰にも頭をさげない
一個の人間でありたい。
他人を利用したり
他人をいびつにしたりしない
そのかはり自分もいびつにされない
一個の人間でありたい。

自分の最も深い泉から
最も新鮮な
生命の泉をくみとる
一個の人間でありたい。

誰もが見て
これこそ人間だと思ふ
一個の人間でありたい。
一個の人間でいゝのではないか
一個の人間

独立人同志が
愛しあひ,尊敬しあひ,力をあはせる。
それは実に美しいことだ。
だが他人を利用して得をしようとするものは,いかに醜いか。
その醜さを本当に知るものが一個の人間。

「無車詩集」より

旅上         萩原朔太郎

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。

「純情小曲集」より

夕焼け   吉野弘

いつものことだか
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとりよりにゆずった。
とりよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言うとおり
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて−。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘がどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

「幻・方法」より