読んだ本

作家の誕生 (朝日新書48)

作家の誕生 (朝日新書48)

感想

猪瀬直樹さんといえば,行政改革ご意見番みたいな感じで,ノンフィクション作家をして有名ですが,その前は文学少年であったようで,近代文学の作家を取り上げた著書も手がけています。

文藝春秋の創刊の辞)
「私は頼まれて物を言うことに飽きた。自分で,考えていることを,読者や編集者に気兼ねなしに,自由な心持ちで言って見たい。友人にも私と同感の人々が多いだろう。また私が知っている若い人たちには,物が言いたくて,ウズウズしている人が多い。一は自分のため,一には他のため,この小雑誌を出すことにした」p89

大宅はブランドの思想は日本に輸入されるとろくなものにはならないから自分は「完全な無印」でありたい,とイデオロギーからの自立を宣言した。p121

大宅は死後,彼の資料室は大宅文庫として開放された。国会図書館にも収録されていない雑誌が大宅文庫にある。ライフワークにはならなかったが,その執念のたまものは残された。なによりも先駆的な業績は彼がつくった雑誌記事の検索システムだった。
インターネットの時代,ヤフーやグーグルをはじめとする検索サイトが普及するが,すでにその発想は日本人の大宅により具現化されていたのである。p123

なにがなんででも芥川賞がほしい太宰は,佐藤春夫宛にこんな手紙を出している。
「(中略)〜私はよい人間です。しっかりしておりますが,いままで運がわるくて,死ぬ一歩手前まで来てしまいました。芥川賞をもらえば,私は人の情に泣くでしょう。そうしてどんな苦しみにも戦って,生きて行けます。元気が出ます。お笑いにならずに,私を助けてください。佐藤さんは私を助けることができます」
だが第三回目の芥川賞も駄目だった。このときに,一度候補になった者は候補しない,という内規ができている。p169

三島は死ぬ少し前に「戦後民主主義とそこから生ずる偽善」と説き,「無機的な,からっぽな,ニュートラルな,中間色の,富裕な,抜け目が無い,或る経済大国が極東の一角に残るであろう」と予言している。p232

三島が自衛隊のバルコニーで撒いた檄文をあらためて読んでみた。
「戦後の日本が,経済的繁栄にうつつを抜かし,国の大本を忘れ,国民精神を失い,本を正さずして末に走り,その場しのぎと偽善に陥り,自らの魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗,自己の保身,権力欲,偽善のみに捧げられ,国家百年の大計は外国に委ね,敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ,日本人自ら日本の歴史と伝統をけがしてゆくのを,歯噛みをしながら見ていなければならなかった」
このあたりの文章は別に三島由紀夫でなくてとも書けるな,と思うくらいに陳腐だ。檄文らしさの装いの凝らし方はさすがにうまい。p235