読んだ本

真夜中の独りごと (新潮文庫)

真夜中の独りごと (新潮文庫)

感想

久々の寂聴の本である。しかも小説ではなく,ごく日常を記録した本。80過ぎの住職ですが,ものすごい精力的に活動をされています。仏門に入られたときには,比叡山で修行もなされたそうで。このパワフルさはどこから出てくるのでしょう?

信心とは「覚」であるという人もいて,めざめとは根源的なめざめの知だという。何だかわかり難いが,悟りのめざめといえばいいのだろう。

信は願より生ずれば
念仏成仏自然なり
自然はすなわち報土なり
證大涅槃うたがわず

私たちの信心は,アミダ如来四十八願の本願から生ずるから,その本願に誓われる念仏によって成仏するのは,自然の道理です。また願力によって成就した浄土であるから,そこで大いなるさとりを得ることも必然です。
「信は仏より賜るもの」と書かれているが,私は以前から良寛さまの「信は任すなり」という言葉に導かれてきた。任すとは何を任すのか,アミダ如来誓願に任すということだろう。愚かな自分の頭やはからいで,あれこれ「信」を撫でさすったところで,盲人の群れが象を撫でるようなものであろう。任すということばは実に楽である。任せてしまえば,いつしか賜っているというのが「信」なのである。
年をとると,どうも,ぎらぎらした自力より他力がなつかしくなるのはどういうわけであろうか。
老いては素直がよろし。 p188-189

なんとなく私も解るような気がします。でもまだまだ自力で突っ走りたいです。